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品川教会は、岡山県,現在の小田郡美星町の農家の一人息子として生まれた川上幸一が27歳の時、教員生活の過労から40日間一滴の湯水も通らない急死一生の大病にかかりました。両親の看病の甲斐もなく、ついに明日の命も危なくなった明治41年4月、父親はせめて最期の祈りをと金光教の本部に参拝し神様におすがりいたしました。その帰り道、息子へ最期の馳走に食べさそうと鯛を土産に持ち帰り料理をしてやりましたが、喉を通りません。一口も食べられない親不孝を涙ながらに詫び、心底親の心を憐れに思い「何とか一口でも食べて親を喜ばせてやりたい」とひたすら神さまにおすがりいたしました。何と不思議なことがあるものでしょう。「親を喜ばせてやりたい」と思った瞬間、喉がスーっと開き、一ヵ月半ぶりに食物が喉を通るようになったのです。幸一は不思議なおかげ(霊験)を受けることになりました。更に不思議なことは、何も食べなかった病中には少しも体が痩せませんでしたのに、体がよくなり始めてからぐんぐん痩せ始め、医師が驚いたほどだったということです。この日を境に幸一はぐんぐん回復し、一度教員生活にもどるほどに回復いたしましたが、やがて過労から病気が再発、進退極まって恩師黒忠教会長山下鏡影師を通して金光教の三代教主金光摂胤師の取次ぎを仰ぎ、意を決して助けてくださった天地の親神様への報恩を尊び金光教の教師を志願、大正3年単身上京、東京教会初代畑徳三郎師に師事、1918年(大正7年)現在地北品川に教会を設立、取次ぎに従うことになりました。幸一は昭和35年80歳死去、現在、三代目の教会長がその後を受け御用しています。

教会の願い
《祈り》 人が人を愛する世になるために
今や世界は不信と対立、恨みと復讐に満ち、人を愛することを学習し直さなければならないような悲しい時代をむかえました。この争いに満ちた世界をどう生きていけばよいのでしょう。
品川教会では、教祖金光大神さまが御教えくださった、人間はみな人を愛するためにこの世に生まれてくるのであるという尊い教えを信心生活の柱に、人を愛する心に満ちた人間、社会、世界の造営を祈っています。
《実践》 みんな取次ぎ者になろう(金光教の信心の要約)
自分の神を持とう(金光教の信心の目標)
いつでも、どこでも、どんなことでも神様に願おう(金光教の信心実践の要約です)
お取次ぎ活動
 教会には神前に「結界」という場所があり、そこに教師(取次者)が常時奉仕し、参拝者の悩み事や心配事などを通して人と神様を結ぶ「取次ぎ」の働きをいたします。この活動を「結界取次」と言い、金光教の基本的な信心授受の場となります。
● 信心の稽古(信行)と年間祭典
教会は、信心の稽古(信行)をするところで、結界以外にも広前で先生や参り合わせた者同士の会話や座談を通して信心の稽古をいたします。一般には信心を「修行する」といいますが金光教では「信心の稽古」や「信行」といい、一般のお茶やお花の稽古と同じように「稽古」で信心を学んでゆきます。それは信心が特別なものでなく、日常生活のお稽古事と同じようにお手本を元に稽古を重ねて中味を取得すると同時に、人柄となって信心が身についていくことを尊ぶところからです。お手本は取次ぎ者ばかりでなく経験豊かな信奉者すべてをいいます。

●稽古(信行) 
日常祈念 朝6時30分 昼3時 夜8時 御祈念と5分教話
冬季 寒中信行 1月16日から2月3日まで
夏季 平和信行 8月1日から15日まで

●祭典 
毎月1日午後1時半 月例祭(霊神先祖まつり)
  10日午後1時半 月例祭(教祖様お日柄)
  20日午後1時半 月例祭(天地金乃神様お日柄)