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      老いて三つを知る  

 喜寿、何度もやり直したいような恥多き歳月ですが、しかし、老いて初めて知る真実の味わいは、また格別だと申せましょうか。  
 一つは、神様は、いらっしゃるということ。若い頃は、いらっしゃるかどうかわかりませんでしたが、苦楽を経て、信じる人も信じない人も万事窮する危機に会えば、思わず神様!と叫び、その声を聞いてくださる方が天地におられ、思い通りにならなくても、助かる道が必ず開かれてくる事を知ります。それこそが神様のお働きです。  

 二つは、生かされて生きるということ。昔、突然、吸った息が吐けなくなり死ぬ恐怖に襲われました。金光さま!と一心に叫びますが自分の力ではどうすることもできません。消え入りそうな息、待つことしかできない命、ポッと開いた針先ほどの隙間から生き返りました。人間、自分の力で出来ることは数えるほどもないでしょう。息をすること、脈打つこと、体温を保つこと等、生きる新陳代謝の全てが与えられたものだと知ります。  

 三つは、信心すればおかげはあるということ。ただ、人はおかげには心を向けますが肝心の信心を忘れがちです。二代金光様は、「世間の人は、魚は水が命と言いますが、わが生命の元を知りません」と諭しました。この命の元を知ることが信心、おかげの元なのだということを、老いて漸く悟りました。
 この三つ、信じる人が助かるのでしょう。
 (2018.07 品川教会だより493)



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