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金光教品川教会長 
  川 上 功 績


         
  
教師50年の改まり その2(2017.07.01更新)

 私の教会生活も50年になりました。若い頃、教会が好きになれませんでしたが、今は、信心が理解でき、教会の生活がわかってみると有難くさえ思えるのですから不思議なことです
 
 教会が好きになれなかった理由は、信心がわからなかったからなのでしょうが、若い心に受け入れられなかったのは、教会というところが、病気の苦しみ、経済の悩み、そして人間関係の不和といった人間の悲しみに満ちた様々な苦難が集まるところ、言葉は良くありませんが、いかにも世の中の暗く不景気な話ばかりが来るところなのですから、こんな夢のないことを一生の仕事にするなんて、若い人には無理です。私はいつも逃げようとするだけでした。
 
 ある時、入信間もない信徒から教会の生活について尋ねられ、教会が人の難儀ばかりの暗いところ、その上、本部からの経済的支援はゼロ、何の収入の保証もない、役に立たなければ死ぬだけ、そういう生活だとありのままお話しすると驚いて、そんな仕事は恐ろしくて自分にはできないと手を振って金輪際ごめんだとばかりに断る仕草をされました。
 
 そんな生活を50年、かっこよく言えば、そんな御用奉仕の生活をしてみて、どうして教会に人の苦難が集まるのかということがわかるようになりました。それは、どんなことをしてでも人間を助けてやりたいと念願する神さま(天地金乃神さま 教祖金光大神さま)を教会にお祀りしているからです。救ってやりたい一念の願力で世界をご覧になっているのですから、神様の人救いたい一筋の思い、いわばその磁石に人々の苦難が引き寄せられていくからです。教会に人々の苦難が集まるのは、そういう神様をお祀りしているからにほかなりません。まさに神様の働きの道理だといえるでしょう。
 
 さて、教会は人の苦難だけが集まる、暗く不景気で陰湿なところかといえば、神様から受けたおかげの喜び(助かり)は、どのような苦難も乗り越えさせる大きな力となって、その人の心の中にあせることなく輝き続けるのだということを50年経って確かめる結果となりました。教会は、その喜びを育てるところ。その人たちによって世の中を明るくする働きを担っていくところ。そう思いますと教会は、決して暗いところとは言えません。言わせてもらえれば、こんな明るいところはどこにもない、これが凡夫の悟りです。

 教師は、自分が進んで選んだ道ではありませんでしたが、50年を振り返ってみると、教祖が『信心は改まりが第一』と教えられたように、七転び八起き、心入れ替え入れ替えして信心は成り立っていくものだとつくづく思います。
 
 昨年暮れ、私の信心の記録ともいうべき50年間の教話録を全部なくしてしまいました。私の信心の記録、心の跡ともいうべき大切なものを紛失してしまったのです。それに気が付いたのは、越年祭、元日祭の挨拶を振り返ろうとして失ったことを知りました。家内も探してくれましたがどうしても見当たりません。暮れも押し詰まって大掃除をしている時、家内が日記の中から、私が、もう見ることはないだろうからと言って、古い書類と一緒に昨年、廃棄したという記事を見つけました。どうしてそんなことをしたのか思い当たりません。忘れっぽくなった加齢のせいでしょうか、残念でなりません。
 
 どうしようか、いかにも失ったものが大きい。心を立て直さなければなりません。祈っているうちに神様が、ここらで立ち止まって全部捨てて出直せと仰っているように思えました。50年の知識も経験も記録も大切には違いないが、本当に大切なものは、捨てても、忘れても、けっして失うことのない、いわば、この、わが身についたものだけが私の50年の信心そのものなのだ。教話の記録などなくてもいい。読んだ知識も忘れてもいい。捨てて忘れて、それで残ったものだけが私の信心なのだと教えられる思いでした。ゼロからの出発です。
 
 お道の徳者として教団を導かれたある老師は、臨終の際、意識も失せる中、手を合わせて神様を拝む形だけが残ったと聞かされました。信心は、身体となり、形になってこそ本物といえるのかも知れません。これが教師50年、凡夫の悟りです。