■■■■ 最初の頁に戻る



陽だまりに居眠りしつつ俳句でき 秋深し煮干しをまたぐグルメ猫













































































































































































かつこの部屋
    2013.02.01 更新













絵 かわかみ かつこ 
        

    花のあふれる日(ひいじいちゃん)  

  ひいじいちゃんはやさしいじいちゃん。              ぼくは、ひいじいちゃんと約束したことが あります。それはケンカをして弟を泣かした 日。「仲良くするんだよ」とひいじいちゃん は言いました。ひいじいさんは「ひとりっ子 で寂しかった」と言ってました。ぼくが「ウ ン」と言ったら、ぼくと弟の頭をなでて「約 束だよ」と言いました。

 ひいじいちゃんはたのしいじいちゃん。  
 大きな机の中には、小さなガラスの小瓶が 並んでいます。その中には、ゼリービンズや 金平糖や塩豆が入っています。ぼくたちが遊 びに飽きたころ、「おいで」と一粒口に「ポ ィ」と入れてくれました。そしてひいじいち ゃんの口にも入れて「ナイショだよ」と肩を すぼめて笑いました。  

 ひいじいちゃんはおかしなじいちゃん。
  眠っているかと思えば、ガバッと起きて机 のノートに字を書いてました。「なに書いて いるの」と聞くと頭の上で指ををクルクル回 して「呆けないように、呆けないように、何 でも書くんだよ」と言いました。  

 ぼくはひいじいちゃんが大好き。  
 でも、今夜はひいじいちゃんとのお別れの 夜になりました。  
 部屋にはあふれるほどの花が飾られていま す。ぼくの知っている人も知らない人も来て います。花の真ん中で動かないじいちゃんを 見ていると涙が出てきました。となりで弟も 泣いています。    

 「忙しいんだから、あんた達はあっちに行 ってなさいよ」と、キッチンから、かあさん の声が聞こえました。ぼくと弟はとなりの部 屋の壁に寄りかかって、おじさんやおばさん が動いているのをボーッと見ていました。  そんな時、ひいじいちゃんが毎日毎日ゼン マイを巻いていた柱時計が「ボーンボーン」 と、ゆったりと五時を報せました。                                      ーおわりー





 
神が生れる話
(2014.11.01 新企画です)

第17話君は泣けるか
 今日は、生神金光大神大祭、教祖の大祭です。教祖のお祭りを迎えると、かって教学研究所の所長をされた福嶋義次先生の言葉を懐かしく、しかも心深く戒められた言葉を思い出します。それは、今年は、教祖がお亡くなりになって一三四年になりますが、その百年の大祭を迎える時のことです。
当時、教祖百年祭を契機にお道百年の旧弊を改め、教団一新の大改革を進めていました。身近なことで言えば、今お唱えしている拝詞や儀式等を神社の形式から教祖独自の信心で創造していく今後千年の計に取り組んでいました。
 その重要な会議のために宿泊していた宿に福嶋先生が来られ、「君達は、教祖百年百年と言って祝っているが、教祖はもう亡くなられてお会いできないのだ。それを思って泣けるか」と。

第18話掲示板
 僕クリスチャンなんです。掲示版の言葉いいですね、心癒されます。元気がでます。先日、荷物を届けてくれた宅配便の若い人の声です。こういう一言がどれくらい励みになるかと有難く聞きました。 
 掲示板の反応が直接帰ってくることは多くないのですが、お寺巡りの人が写真に撮ったり書き写してくださる様子を見ると有難く感謝したくなります。また、ある近所の人が漢詩教室に通っていて、題材がない時は、お宅の掲示板を見て参考にさせてもらっているという異色の人も。先日、生協配送の若い人が「いいこと書いてありますね。前配達していた人が、あそこの言葉はいいから、君も読んでごらん」と勧めてくれたというのです。昔、ある先輩の先生が、教えは伝えるのではなく伝わるのだと言われましたが、こういうことなのでしょうか。

第19話ごみ拾い
 昨年の11月、NHKの「ザ・ドキュメンタリー」という番組を見た。黒沢明監督と三船敏郎の話である。ある時、撮影が終わって皆が帰りかけると、三船敏郎が煙草の吸殻やゴミを拾っている。変に思ったスタッフが何をしているのかと尋ねると、「ここを使わせてもらったのだから、汚したら申し訳ない」と答えた。黒沢監督もそういう人だったという。一流の人は違うと思った。その話でわが身を恥じ、反省させられたことを思い出した。
 恩師・安田先生が教監として本部の御用をされた。弟子を自認する私は先生の御用を誇らしく思っていた。或る時、本部参拝した信徒が教監が境内のゴミを拾っているのを見て私に、「教監とあろうお方が境内のゴミを拾われるのは、信徒として有難くない」と。そうだと私も思いお願いすると、恩師は、「そうか」と笑われるだけでその後も拾われた。ああ、なんと私は愚かなことを申上げたのか!

第20話くちぐせ
友人のT氏が教話の中で知らぬ間に言っている口ぐせを姉妹から言われ、そうかな~と苦笑したと話していました。姉妹によると彼の口ぐせは、何かにつけて「そうかな~!」と言うらしいのです。そう言われてみると確かに彼はそう言って相手の話を否定するわけではありませんが肯定もしません。
 そんなことで、友人や知人の口ぐせを拾ってみると、F氏は、「~と言うよりは」と言って相手に同意するとみせてやんわり否定する知能犯。いつも元気なH氏は、「~そりゃ分かってるんだよ、分かってるんだよ」と同意しながら違うことを言います。人の好いN氏は、「またまたそんな」と笑って相手を指さします。さて自分はどうかと自問してみると「あ、そう~!」と何かにつけて感心してしまうビックリ型。亡くなった信心深い老信徒Y氏は、何かにつけて「さようでございますか」と言って手を合わされる。思わず頭を下げてシャンとさせられる。

◆第21◆昭和50年5月7日
小田原教会の留守番の御用に入った年、夕4時頃、玄関にタクシーの運転手が「いま、交差点でお宅のお子さんを…」と言って帽子を脱いだ。「神様!」一瞬心臓が止まるかと思った。運転手は、長男(知宏6才)を病院の検査を受けさせるので保健証があればと言って立ち寄った。
 暗くなって運転手は「医者が外傷がないのでひと晩様子を」と子供を連れて戻した。話を聞くと友達を追いかけて交差点に入った息子をタクシーが跳ねたという。しかし運転手は当たった感触はあったが何処にもそれらしい外傷はない。子供に聞けば、強い風が吹いて誰かに突き飛ばされたような感じだったという。けたたましいブレーキの音を聞いて周囲の人が出てきて死んだと思ったらしい。不思議と言ったらご無礼になる。おかげを頂いた。忘れ得ぬ日である。

◆第21話◆拝詞先唱
昭和63年1月10日朝10時、本部広前、新年最初の祭典。団体もふくめてお広前は大勢の年賀参拝者で溢れ、私は、この日の教話奉仕、年頭に相応しく「蒔かぬ種は生えぬ」という教祖様の教えを抱負にお話をさせてもらった。お話をすませれば、ご神前で金光大神賛仰詞をお唱えして退く。先唱して暫くするとテンポが関西の独特なリズムに乗ってどんどん早くなり、あっという間に参拝者は終わってしまった。私はまだ半分しか唱えていない。どうしよう。このまま参拝者と一緒に終わることもできる。また一人で平然と先唱の勤めを果たして自分のご祈念を通すこともできる。お結界には金光様がおられる。神様を念じて自分のご祈念を続けることにした。シーンと物音一つしない静寂のお広前に私の声だけが響いた。終わるとどうなるかと見守っていた参拝者が私の拍手に連なってくれた。有難い。退くと広前係の先生がこんなことは初めてです。勉強になりましたと迎えてくれた。

◆第22話◆娘はどこに
 昭和60年9月19日、メキシコにМ8の大地震が起き死者一万人。21日の飛行機で帰る予定の娘の消息が絶えた。母親が心配して無事を祈ってほしい、何とか無事な姿を見たいと電話してきた。大混乱の中、消息はおろかその姿を見るのは絶望的。それでも母の願いはどこまでも強い。ご祈念をさせてもらって数日が経った或る日、「先生、娘に会えました。無事です。」という電話。どうして会えましたか。「今、テレビのニュースを見ていたら画面一杯に娘が映っていました、有難うございます、有難うございます」。まさに神業なのでしょう。尊いことです。

◆第23話◆自慢の勧め
山形弁研究家・タレント ダニエル・カールさんの「テレビ寺子屋」で「日本人はもっと自慢することも大切」という話をしていました。外人が話す山形弁の面白さ、人柄の温厚さに惹かれ、しかも、私たちが敬遠する「自慢話」を大いに勧めているのが面白くて聞き入りました。
 彼は、日本には世界に誇るものが沢山あり、人々もそれを誇らしく思っていながら謙遜を美徳のように言わないが、誇らしく思うことはもっと言った方がよいと力を込めます。それは、自慢話のように聞こえるかもしれないが、誇らしさ(名誉や尊く有難く思う価値)を言わないでいれば何時か忘れて失ってしまう。難儀がなぜ起きるかと言えば、人間は誇り(有難さ)を忘れてしまう動物だからだ。誇りを忘れないために自慢の話をしてはどうだろう。聞きながら信心のおかげ話も同じだと思った。

◆第24話◆ご神米交換儀式
 教会では参拝の方にご神米(剣先)をお下げしますが、これは教祖様がお米に生命再生と活性化の霊力(天地の恵みと神の徳が込められている)があると尊ばれ、参拝の信徒に御祈念をもって手渡されたことに始まります。そこでこの一粒のご神米で命や病気、さらに火難水難等のおかげを頂かれた人は数知れず何時も肌身離さずお守りとして身につけ、またご神体として家にお祀りするなど、決して粗末にしないよう親から子供へ教え継がれてきました。信徒のTさんも親に躾けられ、わが子が物心つく頃、御神米の尊さを教え、正月や誕生日、転居や仕事にあわせて持たせ、古いご神米を新しいご神米に交換する儀式を励行しています。ズボンからくしゃくしゃになったご神米を取出す長男、几帳面に保存袋から取り出す次男。ご神米交換、手渡す母親の安心と喜びがここにあります。

◆第25話◆ご神米
 前号の「ご神米交換儀式」を読んだSさんから、わが家でもご神米をこんなふうに頂いていますという話を聞かせてもらいました。
 それは、Sさんの家では何時の頃からか、家族が教会で頂いたご神米(どこの教会で頂いても)を全部一つのお皿に移し、家族が出かける時、各自が一粒ずつ頂いて出かける。お腹が痛い、頭が痛いと言えばまた一粒、というようにご神米を大切になさっています。提案したのは長男さんだそうですが、そのおかげで家族一同健康のおかげを頂いていらっしゃると笑顔で話してくださいました。
 ご神米は、教祖様が「お米」に生命再生と活性化の「霊力」があるとお下げになったものです。





まぁ一杯、お飲みなさい!(故養父・品川教会2代教会長 川上真一影山先生 2004.5.28帰幽 享年94歳)